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東京地方裁判所 昭和37年(ヨ)2175号 判決 1966年9月06日

申請人

杉村茂

梶田文也

両名代理人

渋田幹雄

坂本福子

被申請人

日本鋼管株式会社

右代表者

河田重

右代理人

孫田秀春

熊谷誠

高梨好雄

主文

1  申請人杉村が被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を仮に定める。

2  被申請人は申請人杉村に対し金一〇、一三二円及び昭和三七年八月以降本案判決確定の日に至るまで毎月二五日限り金二〇、二六四円を支払え。

3  申請人梶田の申請を却下する。

4  申請費用中、申請人杉村と被申請人との間に生じた分は被申請人の負担とし、その余は申請人梶田の負担とする。

理由

一申請理由一ないし五の事実(編注一参照)は、当事者間に争がない。

二会社における本工と臨時工との一般的な差異

(一)  会社においては、所(編注・鶴見造船所の意味)の従業員中に本工と臨時工の種別を設け、臨時工に適用さるべきものとして臨就規(編注・臨時工就業規則の意味)を定めていること、会社と組合との間にはユニオン・ショップ協約が存し、本工は全員が組合に加入しているが、臨時工は非組合員とされていることは当事者間に争がなく、<証拠によれば>会社は臨時工全員につき、申請理由三記載のような契約書を徴し、その就業上の準則及び労働条件の基準として、本工とは別個に臨就規及びその附属規程というべき臨時工賃金規則を設けてこれを適用する取扱いとし、入社時その他随時にこれら規則の内容の周知徹底を図り、臨時工の側も会社の右取扱いに服してきたこと、本工の労働条件は会社・組合間の労働協約の適用を受け、臨就規や臨時工賃金規則の適用を受ける臨時工のそれに比しかなり有利なものであつたこと、本工の採用基準は臨時工のそれに比しかなり厳格なものであつたことが認められる。

(二)  申請人らは、臨就規はその作成につき労基法九〇条一項の手続を経ていないから無効であると主張するけれども、<証拠>によれば、右作成については所の労働者の過半数で組織する労働組合たる組合の意見を聴取したことが認められるから、上記法条所定の手続を履践したものというべく、仮に申請人らがいうように当該就業規則の適用を受けない労働者(本件の場合本工)は同条の意見聴取の対象たる労働者に含まれないものと解しても、同条に定める意見聴取が就業規則の有効要件をなすものとは考えられないから、臨就規を無効とする申請人らの主張は採用できない。

三申請人らの雇傭関係、とくに期間の定めの有無

(一)  <中略>申請人杉村については約五年、同梶田については約七年の長期間にわたり会社との雇傭関係が継続し、その間少くとも前者については一〇回、後者については一四回以上六ケ月以内の期間を定めた臨時工契約書がとりかわされてきたことが明らかである。右事実からすれば、雇傭の当初はさておき、本件解雇の直前頃にあつては、特段の反対事情がない限り、右契約書のとりかわしは単なる形式であつて、右契約期間の記載は当事者の実質的な合意の内容をなしていないとみるのが相当である。右認定を左右する疎明はない。

したがつて、申請人らと会社との間の雇傭契約関係は、本件解雇当時にあつては期間の定めのないものというべきである。

(二)  申請人らは、申請人らは臨就規(その二条、四条に申請人ら主張のような定め(編注―二条「本規則の臨時工とは……会社と雇傭契約を締結している下記の者をいう。(1)日に雇入れられる者、(2)六ヶ月以内の期間を定めて使用される者」、四条、「臨時工は特殊作業、一時的繁忙等会社業務の都合により臨時且一時的に労務者を必要とする時に雇入れる。」)があることは、当事者間に争がない。)の適用を受ける臨時工ではないと主張し、臨就規中雇傭期間の定があることを前提とする部分が申請人らに適用がないこと(当事者間の個別労働契約により就業規則に定めるところよりも労働者に有利な合意がなされたものとして)は前判示のとおりであるけれども、前述のとおり臨時工について臨就規の一般的適用がなされ、かつユニオン・シヨツプ協約の適用外の従業員として取扱われている点においては、申請人らもなお本工と異なる雇傭関係上の地位を有し、会社も組合もかような地位の従業員を等しく臨時工と称して取り扱つてきたことは、弁論の全趣旨に徴し明白である。

四本件試験実施に関する会社・組合間の合意の趣旨、とくに本工採用基準について

(一)  争のない事実<及び証拠>を総合すれば、本件試験実施に至るまでの経緯に関する被申請人の主張六(一)ないし(五)の事実(編注一参照)をすべて認めることができる。<中略>

(二)  上記確認書等本件試験の実施に関する組合との交渉経緯に徴すれば、昭和三七年五月一五日組合との間に成立した合意は、本件試験を受けた臨時工で右確認書に掲げる本工採用基準に適合するものはすべてこれを本工に採用すべく、会社が右基準以外の理由で本工不採用とすることは許さない趣旨を包含するものと解するのが相当である。なお、右合意において細目につき協議すべきものとする「合否の基準」とは右確認書に掲げる本工採用基準中のハ、ニ、ホとほぼ同義のものと解されるところ、<証拠>により右基準ハ勤務成績にいう「成績優秀」とは普通程度の成績を含むとの了解が組合との間に成立したことが認められるほか、他にその細目につき協議決定がなされたことの疎明はない。<中略>

(三) 会社・組合間に成立した確認書の内容を含む叙上の合意が、労働協約の制度的部分として当該合意の第三者である申請人ら臨時工との間にも当然法的拘束力が及ぶ旨の被申請人の所論にはたやすく同調できないけれども、会社が組合と昭和三七年五月一五日の合意の趣旨を申請人ら臨時工に周知させ、右合意に基いて実施された本件試験に申請人らが受験した事実は当事者間に争がなく、それによると会社は臨時工に対し組合との合意内容に従い本工に採用又は解雇すべき旨の意思表示を行い本件試験の受験者は右会社の申出を承諾したものと認められるから、会社と申請人らの間にも右組合との合意内容に従うべき旨の合意上の拘束力を生じたものというを妨げない。

なお、申請人らに対する本件解雇が本件試験不合格を理由に臨就規三九条の解雇事由「5業務上の都合によるとき」を適用してなされたものであることは当事者間に争がないけれども、本件試験の結果に関し右臨就規の解雇条項を適用するについても、会社が前記申請人らとの間の合意に制約されることはいうまでもない。

五申請人らの本工採用基準該当の有無

(一)  本件試験が被申請人主張の方法で実施されたことは当事者間に争がなく、会社が申請人杉村を本件試験不合格(本工採用基準不該当)と判定した根拠が被申請人の主張六(六)、(九)(編注三参照)のとおりであることは<証拠>によつてこれを認めることができる。

(二)  申請人杉村について

1  申請人杉村は、本件試験当時勤続一年以上であり、<証拠>によれば当時三五才以下であつたことが認められ、本件試験における常識試験、身体検査の結果が良好であつたことは(一)で認定したとおり会社もこれを認めるところであるから、前述本工採用基準中ハ勤務成績の点以外すべて右基準に適合するものということができる。

2  右勤務成績に関する基準のうち、申請人杉村の出勤状況が良好で「欠勤二〇日以内」の点が問題とならなかつたことは(一)で認定したとおりであり、「成績優秀」の点については、<証拠>によれば、同申請人は日本海事協会、アメリカ船舶局の各厚板熔接試験(一級)に合格しており(この事実は争がない。)、右資格は熔接工経験三年程度の技倆の持主であることを示すものであるが、所の熔接工(本工)中にも右資格をもたない者もかなりあること、さらに<証拠>によれば、同申請人は過去一年間無欠勤、無遅刻であり、在職五年間無事故で、勤務態度につき上長の注意を受けたこともなく、昭和三六年秋から末にかけて作業が比較的困難な出張業務に従事していたこと、上記(一)のとおり所属係長の内申書職務能力欄にC(普)通とあるほか現場意見欄には「出来れば本工採用希望」との記載があることが認められ、これら事実によれば、同申請人は組合との了解事項(前記四(二))としての「成績優秀」の基準にも適合するものということができる。内申書の勤務態度欄にD(稍不良)、推薦順位欄に一〇(同係臨時工一一人中第一〇位)の記載があること(前認定(一))や同申請人が稍早めに仕事を切り上げる傾向があり、残業を拒否したり、就業時に同僚と無駄話をすることがあつた旨の<証拠>も上記判断を左右するに足りない。

3  会社は同申請人を本工採用基準に該当しないものと判定するについてクレペリン検査及び面接試験の結果を資料としているけれども(前認定(一))、その失当であることは、次に述べるとおりである。

(1) <証拠>よれば、本件試験において実施されたのは、内田・クレペリン精神検査であるところ、一般にクレペリン検査は被検者の精神素質(性格、能力等)を判定する一応の資料を得るための簡便な方法として広く用いられているが、右検査結果の適中率は蓋然的なものであつて現実の性格、能力等の間にすくなからぬ誤差があり得ること、したがつて、この検査は採用試験等において多数者の中から一定の精神素質を有する者の多数を蓋然的に選定する方法としては一応合目的なものといえるけれども、本件試験の受験者、とくに申請人らのように長期にわたり会社に勤務していた者の当該職務に適した精神素質(性格、能力等)の存否を判定するについては、相当期間における当人の勤務成績や勤務態度等を通じて看取される資料を主体とし、クレペリン検査結果は高々参考資料の程度にとどめるのが合理的な方法であること、しかも本件試験におけるクレペリン検査実施に際しては検査の精度を期するため、必ず行うべきものとされている予行練習がなされていないことが認められる。以上によれば、申請人杉村のクレペリン検査の結果は、同人の本工採用基準判定の資料としてこれを重視する価値がないものといわなければならない。

(2) <証拠>によれば申請人杉村の面接試験の結果につき面接担当者五名のうち二名がC(普通)、三名がE(不良)の評点を付していることが認められる。一般に面接試験の判断に試験者の主観性が加わることは当然であるが、申請人杉村の場合右評点の分裂状態によつても明らかなように、その評価基準は客観性に乏しいものであつたと認められ、面接者の一人としてEの評点を付した長田耕造の証言によつても、その根拠を応答態度がすなおでないとか返答が的確でなかつたと述べるにすぎない。しかも、右面接試験におけるいかなる点をもつて上記採用基準のいずれの不該当事由と認めたかの脈絡は、本件において全く明らかにされていない。

4  叙上判示したところによれば、申請人杉村は本工採用基準に適合したものと認めるのが相当である。

(二)  申請人梶田について<中略>

六申請人らに対する本件解雇の効力

(一) 申請人杉村が本件試験の結果本工採用基準に適合するものと認められること前記のとおりであるとすれば、会社は四(二)に判示した合意に拘束されて同人を解雇することは許されないから、爾余の点を論ずるまでもなく(被申請人の臨時工契約期間満了による雇傭関係終了の主張が理由のないことは、前説示により自ら明らかである。)、同人に対する本件解雇は無効といわなければならない。<後略>

七結論

(一)  以上のとおりであるから、申請人杉村と会社との間には引続き期間の定めのない雇傭関係が存続しているものというべく、同申請人は会社から申請理由四記載の月額及び支払期に従い昭和三七年六月一六日以降分の賃金の支払を受ける権利を有するところ、弁論の全趣旨によれば、同申請人が会社から受ける賃金を唯一の生活の資とする労働者で、本案判決があるまで会社から従業員として取扱われないことによつてその生活に回復し難い損害を蒙るものというべきであるから、本件仮処分はその必要性がある。

よつて、申請人杉村の本件申請はすべて理由があるから保証が立てさせないでこれを認否すべきである。<中略>

(二)  よつて、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。(橘喬 吉田良正 高山晨)

<編注一> 申請理由

一、被申請人(以下「会社」という。)は、製鉄、造船を主たる業とし、従業員三万余を擁する会社であつて、その事業所の一つとして従業員四、四〇〇を擁する鶴見造船所(以下「所」という。)が存する。

二、申請人杉村は、昭和三二年四月二三日臨時工の名目で、申請人梶田は、昭和三〇年一月七日日傭工として同年七月一日以降は臨時工の名目で、いずれも会社に雇傭され、所(申請人杉村は電気熔接工として当初造船部(本工場)船体外業課、その後生麦工場鉄機工作部鋼管課鉄機熔接係、申請人梶田は当初運搬工、その後組立工として、造船部船体内業課鉄機係)に勤務してきたものである。

三、その間、申請人らと会社は、六ケ月以内の契約期間を記載した臨時工としての契約書を右期間満了のつどとりかわし、昭和三七年二月二八日付の契約書には、会社は申請人らを臨時工(申請人杉村はCW(熔接)工、申請人梶田はHS(小組立)工として採用し、契約期間は昭和三七年四月一日から同年九月末日までとし、臨時工就業規則(以下「臨時規」という。)を適用する等の記載がある。

四、申請人らの平均賃金・月額は、杉村・二〇、二六四円、梶田・一五、〇二八円であつて、所では毎月二五日に前月分の賃金を支払う定めとなつている。

五、ところで、会社は、申請人らを昭和三七年五月に実施した本工採用試験に合格しなかつたことを理由として、臨就規三九条の解雇事由「5業務上の都合によるとき」に該当するとして同年六月一五日限り解雇する旨意思表示し、翌日以降分の賃金を支払わない。

<編注二> 六(一) 臨時工中に漸次本工類似のものが存するに至つたため、組合は、昭和二六年以降例年の如く会社に対し、臨時工の存在は組合組織の拡大強化、組合員の労働条件の維持向上の妨げになるとして、臨時工の労働条件改善及びその本工化を強く要求してきた。会社も右要求を容れて組合と協議のうえ、臨時工を登用試験を経て本工に採用し、その数は後記確認書の成立までの間に一三六〇名(当時の本工総数の四割強)に及んだが、さらに、組合は臨時工制度の廃止を要求した。

(二) その結果、会社・組合間に合意が成立し、昭和三六年四月二五日次の内容の確認書がとりかわされた。

1 会社は、見習工制度を設け、爾後臨時工の新規採用をしない。

2 会社は、昭和三七年六月を目途とし、高年令者、女子及び特定職種を除く臨時工全員を本工に採用するよう努力する。

3 そのため、会社は、年二回(原則として六月及び一二月)臨時工の本工採用試験を実施する。

4 本工採用基準は、イ、勤続・一年以上、ロ、年令・三五才以下、ハ、勤務成績・年間欠勤二〇日以内の成績優秀なもの、二、身体条件・作業に支障のないもの、ホ、学力作業遂行上必要程度とする。

5 組合は、臨時工中低能率者の解雇を承認する。

(三) 会社は、右確認書に基づき昭和三六年六月及び昭和三七年一月に本工採用試験を実施し臨時工中約五〇〇名を本工に採用した。

(四) さらに、組合の要求により、昭和三七年五月一五日会社と組合に次の合意が成立した。

1 前記確認書に基づいて三五才以下の臨時工に対し最終の本工採用試験を同月実施する。

2 合否の基準は右確認書の外細部につき会社、組合協議して定める。

3 合格者は、同年六月一日本工に採用し、不合格者は同月一五日限り臨就規三九条五号により解雇する。

(五) 会社は、右合意の趣旨を臨時工に周知させ、対象者一二五名全員は、会社が同年五月に実施した最終本工採用試験(以下「本件試験」という。)を受験した。その結果、七三名合格、四九名不合格、三名保留となり、会社は、右結果を組合に提示したところ、組合もこれを了承した。

<編注三> (六) 本件試験の方法は、会社・組合の合意により決定したところであるが、内申書(所属係長が所属職長・組長の意見、毎年定期実施されている人事考課を参考として評価した勤務態度、職務能力、健康、人物<性質・素行>及び係内における臨時工の総合成績により本工としての適格につき推薦順位を記したもの――確認書にいう採用基準は、勤務成績優秀なるものを判定する資料であるが、推薦順位で平均以上のものを有資格とした。)、その際実施した常識(学力・筆記)試験、身体検査、クレペリン検査、面接試験(五名の面接者が受験者が予め提出した身上調書を参考として一五ないし二〇分家庭の状況、趣味、愛読書等について質問し、受験者の右質問に対する応答態度を中心として採点した。)、身元調査(労務課保安係において当該臨時工の住所近隣の聞き込み程度のことを実施したが、この結果は本件試験においては参考資料としたに過ぎない。)、年間欠勤日数(昭和三六年四月から昭和三七年三月までの欠勤日数が二〇日以内であるものを有資格とし、これを超える者は業務上の傷病等欠勤事由に正当性が認められれば本工採用の対象とした。)を考慮したが、採否判定は右各結果を総合的に検討し努めて多数臨時工を本工に採用するよう配慮した。

(九) 申請人杉村の不合格理由

会社は、本件試験における左記成績等を総合的に判断して、申請人杉村を本工不適と判定した。

1 常識試験、出勤状況、身体検査については良好であつた。

2 内申書(所属係長武見健二作成)によれば、健康B(普通)、勤務態度D(稍不良)、職務能力C(普通)、推薦順位は同係臨時工一一名中一〇位とされていた。

3 クレペリン検査において作業曲線が非定型ないし疑異常型に近似するとして、被検者一二五名三名の不適格者の一と判定された。

4 面接試験において回答の的確性、応答態度の真面目さに欠け、他の者に比し非常に不良であつた。

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